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​卯月の君たち。

​視点:--

つい先日までは満開に咲いていた桜も見頃を過ぎ、道行く人々が上を見上げることはなくなったこの頃。

花見客は少なくなった筈だと言うのにも関わらず、京の町は沢山の人で溢れていた。

そんな街中を人を縫うようにして歩いているのは人目を惹く長身の女性と、対して小柄な少女だった。

「わあ……すごい人ですね、常葉さん!」

「ふふ、本当に。人の波に流されないように気を付けてくださいね、八重さん」

「はい!……あ。……ええ、本当にそうでございますね」

 

元気よく返事を返したかと思えばはっとしたように口を閉じ、そして畏まったように言葉を言い直した八重。

そんな彼女の姿に常葉は小首をかしげながらも笑顔を返した。

 

「この時期は確か……、そう、“灌仏会”の時期ですわ」

「かんぶつえ……ですか?」

聞きなれない言葉に今度は八重が首をかしげれば、常葉は微笑んで言葉を続けた。

 

「ええ、灌仏会……もっと砕いた言い方をしますと、花まつり。お釈迦様がお生まれになられた日をお祝いする催しですわ」

「なるほど、それでこんなにも沢山の人が……」

「きっと皆さま、花御堂にお参りにいくのでございましょう」

「は、はなみどう……?」

 

またもや聞き慣れぬ言葉に要領を得ない顔をしている八重を見て、常葉はくすくすと、けれど上品さを漂わせた笑い声を漏らした。

 

「八重さん、折角ですから行ってみませんか?花御堂」

「……え!で、でも……、」

 

平和な街の中とは言え自分達の外出は巡回も兼ねているもので、どうしようかと考えあぐねている八重を見て常葉は言葉を続けた。

 

「ついでに、お釈迦様に皆様の無病息災もお願いしましょう?」

それでどうでしょうか、と続けた常葉の提案にぱっと顔色を明るくした八重は頬を赤らめ、控えめに口を開いた。

 

「行ってみたいです、灌仏会……!」

 

意気込むようにして胸の前でこぶしを握った八重に、では、と口を開いた常葉はくるりと辺りを見渡した。

 

「あちらの寺院に行ってみましょうか」

「はい……!」

 

そうして並んで歩いて行く二人。

嫋やかに靡く暗い色の後ろ髪は、まるで仲の良い姉妹のようにも見えていたことだろう。

 

              

 

暫く歩いて目当ての寺院にやって来た二人。

普段は厳かなこの場も、今日ばかりは浮足立つ人々で溢れていた。

 

「花御堂はあちらのようですわ」

「楽しみです、花御堂……!」

 

周囲の人の流れに沿って寺院の奥へと進めば、そこには色とりどりの花で飾られた御堂があり、その中には小さな仏像が安置されている様子が目に映った。

 

「わあ、綺麗な御堂……あれが花御堂なんですね」

「名前のまま、花で飾られた御堂です」

 

視線を合わせて微笑みあった二人はそのまま参拝の列へと並ぶため足を進める。

 

「それにしても、常葉さんはお詳しいんですね」

「いえ、……幼い頃に故郷の寺へ灌仏会のお参りに行ったことがありましたから、それで」

「そうなんですね!」

「はい……。尤も、田舎でしたからもう少し慎ましやかでしたけれど」

そう言って、淑やかにほほ笑む常葉。

暫く談笑していれば、参拝の順番が回って来た二人は僧侶に柄杓を手渡された。

「ありがとうございます」

受け取った柄杓を勝手知ったように花御堂の中へと入れた常葉は、仏像の周りを囲むようにして注がれていた液体を掬い、そのまま仏像の上から流しかけた。

そして隣に立つ八重へと視線を向け、“こうやるのですよ”と教えるように微笑みかける。

「なるほど……こうするんですね」

そう言いながら常葉に倣って、掬った液体を仏像の上から流しかける八重。

「ええ、お上手ですわ」

「良かったです……!……ところで、これは水なのでしょうか?」

「ふふ、これは甘茶というものらしいですよ」

「お茶……!お茶をお釈迦様に掛けてしまうんですね……」

「何か意味があるらしいのですが……」

 

そう言いいながら口元に手を添えて考える素振りを見せた常葉に、八重は笑顔で言葉を返した。

「今度尊様か葉室さんに聞いてみましょう!」

「……確かに、お二人なら知っていそうです」

そう言いながら、再び微笑み合う二人だった。

              

暫くして参拝を終えた八重と常葉は人の輪から外れ、寺院の中でも静かな庭園を歩いていた。

神聖なこの場。そして尊い存在の降誕をお祝いする日、だからだろうか。

さらさらと木々の重なる葉が鳴らす音が響き一層静謐な空気を漂わせていた庭で、二人は口数少なだった。

……そんな中、口を開いたのは八重だった。

 

「常葉さんのご家族は、一体どんな方々だったのですか?」

ふいに投げられた言葉に足を止め、八重の方へと向き直る常葉。

自分よりもうんと高い背丈で、かつ感情の読み取り難い伏せられた瞳の彼女に見下げられ、少しだけ心がざわりとした八重は慌てたように言葉を続けた。

 

「あっ、その、お気を悪くされたらごめんなさい……!先ほど……、御父上とお参りに行かれたことがあるとお聞きして……、それで……」

尻すぼみに小さくなる声と、しゅんと眉を下げた八重を見て常葉は口元を緩ませる。

 

「あら?ワタクシ、嫌な気持ちなんてちっとも感じておりませんよ。ただ……、あまり家族のことを聞かれる機会が無かったものですから」

「そう、ですよね……」

 

様々な事情を抱えた仲間たちの間で、家族や生まれなどの込み入った話を明け透けにする機会は少ない。……それは事実だ。

自分とて思い出すと辛い過去に心当たりがあった八重はますます肩を落とした。

 

「あら、あら……、そんなに落ち込まないでください。ワタクシ、本当になんとも思っておりませんわ。ワタクシの家族……、そんなに面白いお話はできませんが、それでもよろしければ……」

 

それと――、

言葉を続けながら、風に吹かれて靡く横髪を片手で抑えた常葉。

「……八重さんのお話も、沢山聞かせて下さいますか?」

 

穏やかな声音で紡がれたその言葉と、縁取る睫毛の隙間からうっすら覗いた淡い色の瞳に、いつの間にか八重の心のざわめきは鎮まっていた。

 

「……はい!」

 

弾むような、そして春風のように爽やかな彼女の声が、厳かな庭園の一角に響いたのだった。

 

 

 

              

 

「ただいま戻りました!」

「戻りました」

 

――昼下がり。どこか埃っぽい空気を漂わせる朧月邸にも春風が吹く。

けれど、朧月邸は静まり返っており迎えの言葉ひとつなく。

「……静かですね」

そう呟いた八重の声が続く廊下に響いたのだった。

この季節はひとならざるものたちも活発に動き出すようで、家の主らが不在にしていることも多いこの場所。

 

今日も今日とて明け方から外に駆り出されている者に、通日前から遠方に出向いている者、先ほど帰還をして眠りに就いている者などまちまちであった。

かく言う自分達も昨夜は外を駆けまわっていたのだが……。

 

「明け方には朱鷺田様と壬生様がお帰りになられていて、確か葉室様と玖香様は早くて今夜お戻りになられるとか……。九条様と恵さんはお昼過ぎに一度戻られるとお聞きしております」

「そうですよね……。あ、でしたら食事の支度をしておきますか?夜になったらみなさま揃われるかもしれないですよね!」

妙案を思いついたとでも言いたげに誇らしい顔をしている八重の言葉に、常葉も笑顔を浮かべて軽く頷いた。

「そうですね、先に準備しておきましょうか。と、言いましても、ワタクシ……」

「大丈夫です!私が食材を切るので、常葉さんは煮込みをお願いしますね!」

「それでしたらお任せください」

「あ、それと……食事の支度が終わったら稽古をつけていただきたいです……!」

静まり返ったこの場所が賑わうその時を楽しみにしながらも、 

つるつるとした漆塗の床板を踏みながら楽し気に語らう二人であった。

​R6.4.10 / 4.12 常葉様、八重様、お誕生日おめでとうございます!

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